iPadのプレス動画、自分の中で結構尾を引いてしまったが、圧縮に破壊という過程を見せてしまうことで、既存の歴史や文脈を切断したいという欲望が読み取れてしまうのがしんどかった。あの表現に違和感なくOK出せるのは、そうなのかな、という感覚。
公平に言えば、自分の中にそういう欲望はある。というか、古いものには受け継ぐべきでないものもあると感じるが、それは敬意を持って対話的にやるべきで、企業が1分で押しつぶしていいものではない。
ただ、クリエイターだけでなく、世界の多くのエンジニアの人も反対していたのは救いだった。過去のものを素材として扱わず、歴史に敬意を払い、育て、受け継げる精神を持ちたい。