「物心がつく前だった。テレビで事件のニュースが流れると、無邪気に「お父ちゃん、お父ちゃん」と袴田さんの顔写真を指さしていたという。公判中の袴田さんが家族に宛てた手紙には、息子に関する記述が散見される。「息子や、婆々(ばあばあ)を困らせないように」「息子のこと、お願いします」「(息子を)動物園に連れて行ったとのこと」「眼(め)を光らせた(輝かせた)と思います」袴田さんは裁判で一貫して冤罪(えんざい)を訴えたが、68年9月、静岡地裁で死刑を言い渡された。秀子さんら親族は、袴田さんの息子を児童養護施設に預けることにした。「事件から離れて、別の人生を歩んでほしい」との思いからだった。」
袴田巌さん再審:隠された「死刑囚」の一人息子 袴田巌さんが抱えるもう一つの悲劇 | 毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20240918/k00/00m/040/358000c