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「平安時代に行なわれた書体の一つ。葦、水流、鳥、石など水辺の光景の中に、文字を絵画化し、歌などを散らし書きにして書きまぜたもの。主として葦の群生したさまに模したものについていうが、水流のさまに模した水手(みずて)などを含めてもいう」

葦手(あしで)とは? 意味や使い方 - コトバンク kotobank.jp/word/%E8%91%A6%E6%

コトバンク葦手(あしで)とは? 意味や使い方 - コトバンク精選版 日本国語大辞典 - 葦手の用語解説 - 〘名〙① 平安時代に行なわれた書体の一つ。葦、水流、鳥、石など水辺の光景の中に、文字を絵画化し、歌などを散らし書きにして書きまぜたもの。主として葦の群生したさまに模したものについていうが、水流のさまに模した水手(みずて)などを含...

「日本における文字絵の始まりと言われているのが、「葦手絵」です(「葦手」は芦手、蘆手などとも表記されます)」

「ひらがなの最初の使い手であった平安貴族には、折に触れて和歌を詠み、贈り合う風習があり、和歌をいかに魅力的に見せるかが大切な要素になりました。書き方に様々な工夫がこらされていく中で、和歌をいくつかの語句に区切って書く「分かち書き」や、紙面のあちこちに散らして書く「散らし書き」、いくつかの仮名を延々と切れ目なく続けて書く「連綿体」など、ひらがな独特の書き方が現れてきます。長短さまざまな長さの語句を散らし書くことは、紙面全体を一つの画面としてとらえ、一種の絵画的効果を狙ったものでした。これらの表現がやがて文字を使って絵を描く、「葦手絵」へとつながっていったと考えられています」

第1章 文字絵 始まる|本の万華鏡 第6回 へのへのもじえ ―文字で絵を描く―|国立国会図書館 ndl.go.jp/kaleido/entry/6/1.ht

「本の万華鏡」第6回「へのへのもじえ ―文字で絵を描く―」第1章 文字絵 始まる - 「本の万華鏡」第6回「へのへのもじえ ―文字で絵を描く―」平安時代から現代まで続く文字絵を振り返ります。
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「葦手絵に使われている文字は、和歌を書くための仮名文字の一書体として発達した装飾書体であると考えられています。一条兼良(1402-1481)が記した源氏物語の注釈書『花鳥余情』(1472)では、「あしての色葉はあしのはのなりに文字をかく也 水石とりなとのかたにもかきなすなり 中峰和尚のさゝの葉かきといふ文字の体はさゝの葉ににたるかことき也」と定義され、葦の葉に似ていることから「葦手」と言われるようになりました」

「残念なことに、和歌を書くための書体として使われていた当時の葦手は、現存していませんが、文献中にその利用例を見ることができます。装飾性の強い文字であったため、解読に和歌や書などについての高い教養が必要であり、葦手を読み書きできることは一種のステータスでもありました。能書家(字を巧みに書く人)が得意とする書体の一つに数え挙げられたり、葦手で書いた書の手本を与えたなどの記述が見られます」

第1章 文字絵 始まる|本の万華鏡 第6回 へのへのもじえ ―文字で絵を描く―|国立国会図書館 ndl.go.jp/kaleido/entry/6/1.ht

「本の万華鏡」第6回「へのへのもじえ ―文字で絵を描く―」第1章 文字絵 始まる - 「本の万華鏡」第6回「へのへのもじえ ―文字で絵を描く―」平安時代から現代まで続く文字絵を振り返ります。

「葦手はその高い装飾性から衣装や調度品の装飾などにも早くから用いられていました。元々は和歌を書くためのものでしたが、時代が下るにつれて装飾の面が大きくなり、描いている絵とは全く関連のない文字が絵画中に散らしてあるという葦手絵も生まれます。現在残っている葦手絵の品の多くはこちらの葦手絵です」

第1章 文字絵 始まる|本の万華鏡 第6回 へのへのもじえ ―文字で絵を描く―|国立国会図書館 ndl.go.jp/kaleido/entry/6/1.ht

「本の万華鏡」第6回「へのへのもじえ ―文字で絵を描く―」第1章 文字絵 始まる - 「本の万華鏡」第6回「へのへのもじえ ―文字で絵を描く―」平安時代から現代まで続く文字絵を振り返ります。